平山夢明コラム

著者プロフィール

平山夢明
平山夢明

1961年神奈川県生まれ。学生時代にホラー映画を自主制作。映画評論を手がけた後、作家活動を開始。1994年にノンフィクション『異常快楽殺人』(角川ホラー文庫)を刊行。1996年に『Sinker―沈むもの』(徳間書店)で小説家としてデビュー。2006年「独白するユニバーサル横メルカトル」で第59回日本推理作家協会短編賞、2007年受賞作を収録した作品集『独白するユニバーサル横メルカトル』(光文社文庫)にて『このミステリーがすごい!』国内部門一位を獲得。2011年『DINER』(ポプラ文庫)で日本冒険作家協会大賞、大藪春彦賞をダブル受賞。著作に『ミサイルマン』(光文社文庫)『他人事』(集英社文庫)『或るろくでなしの死』(角川書店)『暗くて静かでロックな娘』(集英社)や怪談実話シリーズ『「超」怖い話』『東京伝説』(共に竹書房ホラー文庫)、『怖い話』(ハルキ・ホラー文庫)など。

死体置き場で会いましょう 第1回

2013/05/21

どうもどうも。これから何回まで続けられるかわかりませんが、"映画における殺人鬼と殺人の方法についての解析"というグロで本邦初の試みをしたいと考えている平山夢明です。殺人には金や利害関係が重要な動機となっている『通常殺人』と、ただ本人の"殺りたかったから殺ったんだ"的動機しか見えてこない『快楽殺人』の二種類が大きく分けてあると言われています。


 今、日本中で流行っている"殺人本"ブームの大半は、この『快楽殺人(ルストモルド:独語)』を扱っているようです。今回は『羊たちの沈黙』をテキストに、このなかで描かれている殺人者の背景を考えていきたいと思います。一見、単なるショックスリラーのように見えるこの作品ですが、実は現代の殺人鬼を検証する上では宝庫といえるほど、実在した殺人鬼の犯行要素が取り入れてあります。


 この映画を知らない人の為に補足をしますと、主人公はFBIの訓練生クラリス・M・スターリング。二十代半ばの彼女は、保安官だった父親の遺志を継ぐかのように激しい訓練に耐え、一人前のFBI捜査官を目指していました。そんな彼女に行動科学課というセクションの課長ジャック・クロフォードから『現在、収覧中の連続殺人犯からプロファイリング(犯人像検索)に必要なデータベースを蓄積するために面接調査を実施しているのだが、その際、もっとも重要と考えている犯人がそれを拒否している』と聞かされます。そして彼女に面接調査票だけでも渡してくるように告げるのです。


 相手の名はハニバル・レクター博士。ハニバル・カニバル(人喰いハニバル)とアダ名される彼は超一流の精神科医でしたが九人の患者を殺し、その肉を食べたことなどから精神異常者用州立病院に収覧されていました。クラリスは『"おつかい"に行くつもりで構わない。ただし彼が何を話し、何を描いていたかを正確に報告してくれ』とクロフォードから送り出されるのです。


 この作品の中で実際に殺人が行われるのは三ヶ所。レクター博士が脱出する際が二ヶ所とバッファロー・ビルと言われる殺人犯が射殺されるところとになっています。不思議な事はレクター博士やビルが犯す殺人場面は直接描かれないにもかかわらず、かなりビザールな印象が残ることです。これは『悪魔のいけにえ』の第一作にも通じる点で、この効果についても後述します。


 本作の底流に流れる悪の力がレクター博士であるならば、表層でFBIを困惑させているのがバッファロー・ビルという連続殺人犯の存在です。ビルは女性を殺害した後に、その皮を剥ぎ取るところからつけられたアダ名で(これは開拓史時代、勇猛で最もアメリカ軍を悩ませたインディアンの名。インディアンは敵を倒すと、その証拠に相手の頭皮を剥いだと言われていた)、既に五人もの犠牲者が発見されているにもかかわらず、犯人の手がかりはありません。


 レクター博士は、クラリスとの最初のインタビュー時にビルについて『彼は何人使った(3文字傍点)のだ?』と尋ねます。ここがポイントで、『何人殺害したのだ?』えはなく、使ったというのが後半で明らかになる犯人像を既にレクター博士が熟知していたという事を示しています。ビルは一種の倒錯者で女性になろうとしています。しかし外科的治療による性転換は拒否。彼の夢は"気に入った時に女性になれて、満足したら再び本来の姿である男に戻る"というパートタイム・レディでした。これは女装癖に似ているようですが、さらに女性化しようとした彼がたどり着いた答えは、"女性の皮をかぶる"ということでした。女性にしては当然、大柄なビルですから彼は太った大柄な女性を狙い、自宅の地下室にある井戸に被害者を投げ込むと飢え死にさせます。これは急激な絶食によって皮をたるませて剝ぎ取り易くする為でした。ビルは被害者に対し、ローションで肌を磨くことを強要します。つまり相手を物として考えるという殺人者に特有の精神状況が現れているわけです。


 これだけでもかなり危ない奴ですが、実は人間の皮を剥いでかぶるどころか、スープカップや椅子などの日用品を人間を使って造っていた男が、今から四十年ほど前のアメリカに実在していたのです。(つづく)
The sneaker '95 12/5発売号掲載